Special #9

デザインで日本の暮らしの質を高めたい。

-プロダクトデザイナー・引間孝典氏 インタビュー - 前編 -

text & photograph 渡辺平日

2024年10月4日

大手家電メーカーで働きつつ、フリーのプロダクトデザイナーとしても活動している引間孝典氏。

アンブレラスタンド「MUKOU」、「SOLID STEEL TABLE」、「STEEL STORAGE WAGON」など、多数のDUENDE製品の開発に携わっている。

前編のテーマは引間氏のパーソナリティー。そこからデザイン、そしてモノづくりに対してのスタイルに迫っていく。

「身のまわりのあらゆるモノをデザインしたい」

今日はよろしくお願いします。引間さんは現在、総合電機メーカーの三菱電機株式会社で働きながら、個人のデザイナーとしても活動されています。まずは前者について伺いたいのですが、会社ではどんな役割を担っているのでしょうか。

引間

主にデザインディレクションを担当しています。いまデザインしているのは日本市場向けの冷蔵庫です。これまでにはテレビや、オーディオ機器、調理家電、セキリュティーカメラ、エレベーターなど、幅広く担当してきました。

引間氏がデザインした製品。「中明度の色調が一番の特徴です。冷蔵庫が置かれる空間の居心地を高めたいという考えから、あえて白や黒ではなく、このカラーを採用しました」。

実に多種多様ですね。それだけカテゴリーがバラバラだととまどってしまいそうです。一般消費者向けの家電と、公共で使われるプロダクトでは、ずいぶん勝手が違うでしょうし。
 

たしかにそうですね。でも意外というか、新しいジャンルに挑むときに悩むことはあまりないです。

なるほど。モノづくりの基本を押さえておけば応用がきくのでしょうか。
 

僕は昔からモノに違和感を抱くことが多かったんです。「もっとこうだったら良いのに」というふうに。そこから転じて「身のまわりのあらゆるモノをデザインしたい」と考えるようになり、プロダクトデザイナーを志すようになりました。

そう考えると今の状況はまさに理想的です。仕事を通じて、いろいろなプロフェッショナルの方たちと関わり、いろいろな製品開発に取り組む。

――なんだかモノづくりの世界を旅しているようで、「この仕事をしていてよかった」とつくづく感じます。


デザイナーの視点を活かしながら、デザインの役割を捉え直していく
 

生粋のプロダクトデザイナーですね。社内ではデザインに関わる仕事に専念されていると。
 

いや、実はそうでもないんです。僕は統合デザイン研究という部門に所属していて、業務の60%は先ほど説明した「現在の事業に直結するデザイン業務」を。残りの40%は「デザインの知見を活かした未知の領域に対する先行的な研究」に取り組んでいます。

未知の領域に対する先行的な研究……。ぜひ詳しく聞かせてください。
 

40%の部分では「新たな事業領域の開拓」について検討・検証したり、個人の裁量でテーマを定められる「自主研究」などを行っています。

すぐに収益に繋がる取り組みというより、未来のための仕込みという側面が大きいですね。これほど研究の比率が高いデザイン組織はかなり稀です。

非常に高いと思います。なぜそこまでリソースを注いでいるのでしょうか?
 

昨今、環境問題や異常気象、労働力不足、地方衰退、物価高騰など、様々な社会課題が浮き彫りになっています。問題が膨らんでいくのに伴い、以前よりも企業の社会的責任が問われるようになりました。

 

その課題への解答のひとつが40%の活動です。デザイナーの視点を活かしながら、デザインの役割を捉え直していく。そこから得た知見やノウハウをもとに、今後の社会で必要となるであろう、新しい事業領域を開拓しているというわけです。

こちらは引間氏が手掛けたネットワークカメラ。カメラに「見守られている」ような安心感をユーザーに与えるため、空間に調和するデザインに仕上げたという。グッドデザイン賞やドイツIF賞、Reddot賞を受賞するなど、非常に高い評価を得ている。

 

10年ほど前は「既存の事業の中や、それに隣接した分野での先行研究」という性格が強かったように思います。しかし、現在ではもっと広い分野、それこそ既存事業にとらわれない領域への研究も盛んになっています。

詳しくありがとうございます。引間さんの話を聞いて思い出したのが、東京都が出している「東京防災」というマニュアルです。罹災時に必要な情報をまとめた本なのですが、レイアウトに工夫があって非常に読みやすいんです。まさにデザインの力を感じました。
引間さんの場合、家電を通じて課題を解決をしていくのでしょうか?
 

家電に限らずですね。僕らの会社は家電事業だけでなく、これまで100年にわたって、日本のインフラを支えてきました。意外と知られていませんが、人工衛星の開発などにも取り組んでいます。

今までに得たノウハウを活かしながら、これからの社会に貢献できることはないかと、少しづつ模索している最中といった感じです。

不勉強なもので、三菱電機というと、家電のイメージしかありませんでした。百年の間に培ってきた叡智を、世の中に還元しているということですね。
 


「だれもが必要な道具や、より良い道具を手にすることができる」
 

先ほど自主研究についての話がありましたが、引間さんはどんな取り組みをされているのでしょうか。
 

自分の研究テーマは「三菱電機のデザイン組織としてのあり方について模索する」です。

近年、リモートワークが普及したり、コンプライアンス体制が整備されたりと、「働き方改革」が推進されていますよね。それ自体はいい流れだと思いますが、社員同士のコミュニケーションが希薄になるなど、弊害も発生しています。

特にデザイナーみたいな専門職ですと、師弟のように深く関わりながら技術を伝えていく側面がありますよね。現在の環境だと「伝承」が難しそうです。
 

自分は上の世代に育ててもらったので、下の世代に還元したいと思っているのですが、今の組織のあり方ではなかなか難しい部分もあり……。

 

働きやすさを高めつつ、コミュニケーションの密度も高めていく。そのヒントとなったのが「ヒュッゲ」というデンマーク独自の価値観です。

デンマーク語で「快適な気分」や「居心地のいい場所」という意味を持つ言葉ですね。デンマークは国民の幸福度が高いと様々なデータで示されていますが、ヒュッゲがそれに寄与しているとよく聞きます。

引間氏が撮影したデンマークの町並み。短い滞在期間でより多くの情報を得るため、北欧の情勢に詳しい現地のジャーナリストの方に同行してもらったという。

ニュースでも頻繁に特集されていますよね。そんなデンマークの人々の働き方から学べることが多そうだと思い、会社に申請して調査出張に行かせてもらいました。目的は「文化・政治の背景」と「デザイン」を同時に観察し、その因果関係からヒントを得ることでした。

文化・政治の背景とデザインの関係性。興味深いテーマです。すべてを伺うことは難しいので……今回は特に気になるところを聞かせてください。デンマークといえばインテリアデザインの先進国ですが、そのあたりについて引間さんはどう思われましたか?
 

やや抽象的な話になりますが、「だれもが必要な道具であったり、より良い道具を手にすることができる」という、ある種の社会的な思想を感じました。「道具」は家で使うものに限らず、駅の時計であるとか公園のベンチであるとか、そういう公共物全般にデザインが行き届いていました。

公共の場で使われていたプロダクトがスタンダードになったりしますよね。「Bankers Clock」など、マスターピースになった作品も少なくありません。
さて、デンマークの人々のライフスタイルからはどんなことを学びましたか?
 

地味に大切なことだと思ったのは「プライベートと仕事の切り替え」でした。業種や地域にもよりますが、17時にはもうみんな帰っているという感じで。その分、始業も早いようですが、明らかに生活にゆとりがあるように見えました。

実に羨ましい話です。通勤時間にもよりますが18時くらいには帰宅しているわけですよね。
 

ええ。

「家での時間」が十分にあるからこそ、自分が心地よいと思えるインテリアを追求できるのだと気付かされました。季節ごとに模様替えをする家も少なくないそうで、それってゆとりがないと無理ですよね。

 

余暇が十分にあるから、自分の興味関心を追求したり、家族や近隣住民との繋がりを大切にできるのだと実感しました。僕が見たのはごく一部分ですが、こういうゆとりの存在が、デンマークの文化を醸成しているように思います。

詳しくありがとうございます。自主研究で見聞きしたものは、組織のあり方を見直すきっかけになりそうですね。働き手の意識が変わっていけば、日本の暮らしの質を高めていくことにも繋がりそうです。
 


「生活をより豊かにする『芯を食った』プロダクトを生み出したい」
 

引間さんは〈DUENDE〉をはじめ、いくつかのブランドとも仕事をされています。個人の活動は週末に進めているのでしょうか?
 

基本的には土日に行ってます。ただ、小さな子どもが二人いるので時間を確保するのは難しいですね。家の用事はもちろん、今年からは町内会の行事にも参加するようになって、なおさら忙しくなりました。

ちょっとした合間を見つけて個人の仕事をされていると……。苦労が偲ばれます。
 

ええ。でも最近はそれでいいんじゃないかと思っています。子育てや地域社会の活動から学ぶことってたくさんあるんです。家族や近所の人と時間を共有することで「視点」を広げてもらっているように感じます。

なるほど。一人で作業しているとどうしても視野が狭くなります。
 

ほんとうにそうですよね。「人」と関わることで得たものは、何事にも代えがたい財産です。この経験をデザインの仕事に活かし、なにか人をハッとさせるモノに昇華させたいという野望を持っています。

デザインを担当した製品を眺める引間氏。まるで我が子を見るような、優しい眼差しが印象的だった。

個人的に引間さんは引き出しの多いデザイナーだと思っています。今後、さらに引き出しの数が増えていきそうで、とても楽しみです。
 

ありがとうございます。――先程の発言を補足すると、ハッとさせたいと思いつつ、すぐに飽きられるモノは作りたくないとも考えています。生活をより豊かにするような、「芯を食った」プロダクトを生み出したいですね。

ところで、たっぷりと時間があれば「いいプロダクト」ができるわけではない点が、モノづくりのおもしろいところですよね。実際、引間さんは限られた時間で素晴らしいプロダクトをたくさんデザインされています。
 

そうですね……時間が無くても、工夫次第でうまくやれると思います。大切なのはどれだけ時間があるかではなく、どれだけ集中できたかによるのではないでしょうか。

もちろん試行錯誤する時間も大切ですが、それだけでいいモノができるわけではありません。できるだけ多角的に物事を捉えて、そのイメージを高い精度で具現化することが大事なのかなと感じています。

渡辺さんと話していて、以前、ある著名なプロダクトデザイナーの言葉を思い出しました。

曰く、「ネタに何度も包丁を入れて形を整えたり、手の熱が伝わってぬるくなった寿司なんて、食えたもんじゃない」と。

なるほど。モノづくりを「寿司」にたとえたわけですね。実に含蓄のある言葉です。たしかに業界を見渡してみると「ぬるくなってしまった製品」は少なくありません。
―こういう心配は不要でしょうが、引間さんには今後も、鮮度抜群のモノづくりを続けていただきたいです。
 

(笑)。過不足ないプロダクトを生み出せるよう今後も心がけたいと思います。

 

 

後編では引間氏の個人の仕事、特にDUENDEのブランドマネージャ・酒井浩二とのユニット〈PERMANENT31〉でのモノづくりについて伺っていきます。

 

 

インタビュアー : 渡辺平日

日用品愛好家。大学を卒業後、インテリアショップに就職。仕事を通じて「もの」に対する知識や感性を養う。現在は雑貨やインテリアのレビュー、カフェやホテルの取材、プロダクトの開発など、多方面で活躍している。ライフワークは日用品屋巡り。

NEW ARTICLES! NEW ARTICLES!
ページの一番上へ